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【掲載情報】玄粒書道会競書11月号 巻頭言「ちょっといい話」
福島県郡山市に本部を構える玄粒書道会さまにお声をかけていただき、代表の藤本が巻頭言を書かせていただきました。
転入女性が暮らしやすい福島づくりプロジェクトを始めた経緯や、どんな思いを持って取り組んでいるのかを書かせていただきました。
転記させていただきます。
「ここに来てよかったと思える福島を目指して」
13年前、私は東京生活に区切りをつけ、福島県に引っ越してきました。
同じ職場で働いていた白河市出身の今の夫と深夜まで残業が続く東京での生活に疲れ切っていた時でした。
夫は転職し、私は仕事を辞め、新しく始まる福島市での生活に胸を躍らせていました。
しかし、夫に告げられた赴任地は南会津町田島。しかも3年限定とのこと。そこで私は転勤族の妻の苦悩を経験することになったのです。知り合いは一人もいない、話す大人は旦那だけ、何か情報を得たくてネットサーフィンの日々、次にいつ転勤になるか分からないので定職にもつけない焦燥感。期待は孤独と不安と焦りに変わりました。
しかし、3年後、私は南会津から離れたくないと思うほど、南会津が大好きになったのです。
私を変えてくれたのは、あるご夫婦との出会いでした。
そのご夫婦は南郷に古民家を購入され、茨城のご自宅と二地域居住されていました。ご主人がされていたブログがキッカケで知り合い、その古民家に呼んでもらったのです。囲炉裏、土間、古道具が残されている一方で、生活しやすくリフォームされた古民家は「素敵」という陳腐な言葉では表現しきれないくらい素敵で衝撃を受けました。その古民家に東京からイタリア料理のシェフを呼んで開催した「南会津イタリアンの夕べ」が一番贅沢な時間として思い出に残っています。田島のアスパラ、南郷トマト、只見川のわかさぎなど地元の素材で作ったイタリア料理、そして花泉のお酒、それを囲炉裏を囲んで仲間と楽しむ。私が知らなかった南会津の良さをたくさん教えてくれ、たくさんの南会津の若者を紹介してくれました。その若者たちと南会津の地域資源を活用した物産開発を行う任意団体「ベルフォンテ」を立ち上げたのです。ご夫婦は私に居場所を与えてくれるキッカケを作ってくれたのです。
それから10年経ち、私はその後、喜多方市、須賀川市を経て、今は福島市に住んでいます。その間に子どもも二人できました。それぞれの地に転入するたびに、一から人間関係の作り直し、幼稚園などの情報収集にも明け暮れました。子供が二人とも小学生になり、子育てが少し落ち着き、思い返すのは南会津の楽しい思い出。今度は私があのご夫婦のように転入女性が地域に居場所を作るキッカケを与えられる人になりたいと、昨年度からベルフォンテの事業として「転入女性が暮らしやすい福島づくりプロジェクト」を新たに始めることにしました。
仲間作りと地域の良さを体感してもらう「WELCOMEワークショップ」、地域の情報交換を行う場「tenten cafe」、転入女性の暮らしを応援するWebサイト「tenten fukushima」の運営を活動の軸として行っています。
去年一年間活動して、転入女性のコミュニティメンバーが200名以上になりました。イベントに参加してくれたメンバーからは「孤独を感じることが少なくなった」「福島の良さを自分から探そうと思うようになった」など嬉しい声をいただきました。
その成果を認めていただき、つい先日、南会津振興局からtenten caféを南会津でも開催してほしいとの依頼を受けたのです。この活動を始めるキッカケをくれた南会津で、10年の時を経て、今度はキッカケを与える側として出向けることが本当に嬉しく感慨深いです。
今後は、現在福島市で主に開催している活動を県内全域に広げつつ、作り上げたコミュニティを活かす活動も行っていきたいと思っています。他県と福島の違いを知り、県外にも繋がりをたくさん持っているヨソモノの女性達です。もしこのコミュニティと何か一緒にやりたいという方がいらっしゃったら是非ご紹介ください。
最後に、40才を目前にして、何故この活動にこんなに一生懸命になって取り組んでいるか自問自答することがありました。そこで出た答えは、私も含め、自分の意志とは関係なく福島に転入した女性に「ここに来てよかった」と思える福島を創りたいんだということ。それが福島に縁もゆかりもなかった私がここに来た意味なのだと思い込んで今後も頑張りたいと思います。