転入女性のtentenだよりコラム6月号「安積開拓、水田に胸熱く(郡山市)」

県中
郡山市

tentenライターが福島民報さんの小冊子「情報ナビTime」でコラムを月に1回執筆しています。
転入女性目線で感じた福島のおもしろさ、興味深さなど発信しています。
(新聞記事をそのまま転記はコンプライアンスの関係でできないので、文章と写真を掲載します。)

水田の豊かさに圧倒されました。
郡山のあちらでも、こちらでも。青々とした稲が風になびく光景は美しいの一言に尽きます。
付け焼刃の知識では、郡山は明治期までは荒野だったらしい。そして、現在は東北有数の経済都市らしい。そのせいか、郡山でこれほど豊かな水田を目にするとは思っていませんでした。
夫の転勤に伴って、郡山市に引っ越してきたのは昨年4月。生まれも育ちも関西、結婚後に4年ほど四国にいただけの私にとって東北は遠く、なじみのない土地でした。

3月中旬に転勤が決まると、慌てて書棚の奥から司馬遼太郎の「街道をゆく~白河・会津のみち 赤坂散歩~」を引っ張り出しました。
土地の息吹を感じるなら司馬遼太郎――見知らぬ土地への出張が多かった独身時代からの習い性で、郡山は荒野だったらしいことを知ったのです。
引っ越し作業を放り出して郡山のことを調べていると、大久保神社、大久保利通、安積疎水、開成社、困窮士族の入植……歴史好きとして気になるワードが次々に出てきました。
加えて、夫は大久保と同じ鹿児島県の出身。遠く離れた郡山で、同郷の偉人が祀られていることに格別の感慨があるようです。

青田が広がる牛庭という地域の公民館の一角に、大久保神社はありました。
“神社”というよりは石碑ですが、仰ぎ見れば自然と手を合わせたくなります。
「島津家の家紋がある!」
夫がそう言って近づいたのはまだ新しい石灯篭。鹿児島市の有志による寄贈のようです。「西南之役恩讐を越えての会」と記されていました。時代や歴史は、点と点を繋げて続いていくということなのでしょう。

広がる水田を見るたび胸が熱くなります。安積疎水を開削した人々、大久保利通、入植者、そして現在の農家の方々に。

(2020年6月掲載)

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